ことばのわからない国で苦労するのが、空港です。
予定通りに飛行機が往来している分には、どこの国際空港もお作法は似たり寄ったり。でも、遅延とか欠航とか、想定外のことが発生すると、途端に、情報から隔離されます。
その日、わたしはアルジェ空港で、パリ行きの飛行機を待っていました。
搭乗口まででクッタクタ
当時、アルジェリアの首都アルジェの空港は、ビルに入るだけで一苦労でした。セキュリティ上、空港ビルの至近距離は車輌進入禁止。ビルの周りには、銃を携行した軍隊が警備しています。駐車場からビルまでの凸凹道を、うんしょうんしょとスーツケースを転がして歩き、X線検査の長い列に並び、黒いカーテンのついた公衆電話ボックスのような箱に入って身体チェックを受けて、ようやくビルの中へ。チェックインの後も、再度のX線検査、外貨証明書の提出、謎の尋問。
ようやく搭乗口に辿り着いて、古びたベンチに座ります。
もうここまででクッタクタ(笑)
まだ誰もチケットを掲げていない
ところがこの日は、定刻1時間前になっても、パリ行きの機材が来ません。もう何度も電光掲示板を見に行っているけれど、delayしか情報がない。
職員に聞いてみたいけれど、職員はたくさんのアルジェリア人に放射線状に囲まれて、やいのやいの口々に言われていて、とてもではないけど聞ける状態じゃありません。近くにいた、ほっかむりのおばあさんが、一所懸命わたしに何かを訴え、同意を求めるように話しかけてくれるのだけど、「困ったもんよね、ほんと、ねぇー?」って感じしかわからない。
どこの空港でも、乗客がやいのやいの職員に文句を言っているときは、ほとんどの場合、現状説明がなされていません。そして、乗客がチケットを手に、やいのやいの言い始めたら、欠航決定。払い戻しや、今夜の宿代の交渉が始まっていることが多いのです。
まだ、誰もチケットを掲げてはいない。
ひとまず、パリで落ち合うことになっていた仕事先の人に電話をして、アポイントを保留にしてもらいました。それから、電話の充電が十分か、もう一度確認し、トイレを済ませ、パスポートとビザ、ドルとユーロと円とディナールの現金、パリ往復のチケットを確認してから、通訳さんに電話。
万が一の事態になっても、何はともあれ、パスポートとお金とチケットがあれば、何とかなります。それに、こういうときは、渦中より、外の方が情報があったりするのです。
いつものアルジェリアの青空
すぐに、通訳さんから折り返しがありました。「まだ確証が得られてないみたいだけど、どうやら爆破テロ予告があったみたいだ。空港が封鎖されると思うから、もう今日は諦めて、空港から離れた方がいい。ドライバーを送るから」
淡々と、空港ビルの階段を降りて、外へ出ました。
何ごともなかったように青空が広がっていて、いつものアルジェリアです。だけど、古くて暗い空港ビルは、こうやって何度も、こういう日を経験してきたのでしょう。
あの日、荒れていたのは、外側だけでした。周囲がどれだけカオスでも、自分の内側まで時化させる義理はない。外の嵐に感情の主導権を渡さずにいられたら、想定外の一日は案外、静かな観察の時間に変わるのかもしれません。
数年後、アルジェの空港は新しく、広く、明るくなりました。でもそれは、外見の話。憎しみは、ときにものすごい破壊力として現れ、いつも一番割を喰うのは、お金と権力のない善良な市民です。そのことも、青空と一緒に、静かに覚えておきたいのです。