ベトナムでは、ハノイやホーチミンのような大都市にはタクシーがいますが、少し離れた町に行くと、タクシーがないことがあります。届けを出しているのかいないのか、よくわからない個人が、ドライバーになり代わって人を運ぶシステムになっていたりするのです。
わたしは現地の言葉ができないので、値段や時間の交渉が難しく、利用することはほとんどなかったのだけど、ベトナム滞在中に、何度か利用したことがありました。
以前、ベトナム語で行き先を書いた紙を見せたのに、希望の場所に着かなかったことがあります。ドライバーさんは、紙は見てるけど字は見てないか、字を見たけど勘違いしてるか、「日本人ならここに行きたいに違いない」と連れて行ってくれちゃう人もいる。こんなことで慌てふためいていては、エネルギーがいくらあっても足りません。
今度は何が始まるのかな?
学習したわたしは、次から、ベトナム人の友人に、事前にドライバーさんへ行き先と値段を伝えてもらうことにしました。安心して待ち合わせ場所で車を待っていたら——友人から聞いたのと違うナンバーの車がやってきました。
中を覗くと、運転席に20代と思しき若い男性、そして助手席に40〜50代と思しき女性。友人からドライバーさんの顔が写った写メをもらっていたので、明らかに違う人だとわかりました。
今度は何が始まるのかな?
面白がりながら若い男性に尋ねてみると、英語でのコミュニケーションができるようでした。聞けば、「親父の代わりに僕が来たんです。お袋が急病で苦しんでるので、帰りにお袋を病院に連れてくから、お袋も一緒なんです。さ、乗ってください」とのこと。
言ってることが本当かどうかわからなくて、ちょっと不安だったけれど、行き先も、わたしの友人の名前も一致している。それに今回の行き先は、以前行ったことのある場所。万が一のことがあっても自力でリカバリー可能と判断して、乗車しました。
大量のライチ
移動の車中では、急病で苦しいはずのお母さんが、あれやこれや話しかけてくれます。ベトナム語だからちっともわからないけど、表情からして好意的な感じで、日本からの旅人をもてなす風なムード。しまいには「持って行きな」と、大量のライチを渡してくれるのです。ベトナムのライチは、日本では食べたことのないような美味しさ。お気持ちは嬉しかったのだけど、これから用事があるのでと、お断りしました。
隣で運転している息子さんは、お母さんの機嫌が良いからか、嬉しそうに運転しています。
無事目的地に届けてもらい、あらかじめ取り決めたとおりの金額を払って、お別れしました。
お母さんさ、病院行かないよね。
めっちゃ元気やん。
いっぱい買い物したんだね(クスッ)
生の営みのお裾分け
損得の帳尻で見れば、あれは明らかに「話が違う」案件だったのだと思います。でも、あの旅でいちばん色鮮やかに残っている1ページは、あの賑やかな家族の車内なのです。
管理されたサービスという枠をそっと外した途端、他人の予測不能な営みは、迷惑ではなく、生きることのお裾分けに変わるのかもしれません。